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LIFE IN GERMANY
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ダルムシュタットの歴史あるバラの丘庭園

住所
Wolfskehlstraße, 64287 Darmstadt
入園料
無料
開園時間
24時間

歴史ある庭園

 ダルムシュタットの定番観光スポットといえば、2021年夏にユネスコ世界遺産に指定されたばかりのマチルダの丘。今回ご紹介するのは、そこから10分ほど緩やかな坂を下った場所にある、バラの丘(Rosenhöhe)庭園。*マチルダの丘と名は似ているけれど、ぐーんと知名度は下がります。しかしもし歴史に興味があるなら、訪れる価値大の、知る人ぞ知る穴場です。
*マチルダの丘について、ぜひこちらもお読みください

 もとはワイン用のブドウ畑だったこの地を、19世紀初頭、夏を過ごすための別邸として、のちには自然の景観や田園風景を理想化したイギリス式庭園としてヘッセン大公妃が造営させたのが、このバラの丘庭園の始まりです。

 第二次世界大戦での空襲による焼失、大公家の断絶など、波乱に満ちた歴史を経て荒れていたこの庭園がもとの美しさを取り戻し始めたのは、市政府が管理するようになった約40年前のこと。いまでは、早春の草地に黄色い水仙やクロッカスが群生し、春の盛りには薄ピンクの桜、そして初夏には色とりどりのバラの花が咲き誇る、ダルムシュタットでも指折りの美しい庭園となっています。

世界遺産・マチルダの丘に建つ結婚式の塔とロシア正教会。
教会はダルムシュタット大公の妹婿であるロシア最後の皇帝ニコライ二世によって1899年に建造された。

二つの霊廟

 庭園東側にある、明るい光に満ちたバラ園から伸びる小径を北へ向かうと、杉の巨木が連なる、昼なお暗い木陰の一角があります。そこに扉を固く閉ざして静かに建つ、二つの霊廟。ここには18世紀から20世紀初頭にダルムシュタットで暮らしていた大公家の人々が眠っています。大公家の墓所、それがこの庭園のもうひとつの姿なのです。

Darmstadt-Neues-Mausoleum
RosenhöheにあるNeues Mausoleum(新霊廟)。
イタリアのラヴェンナにあるガッラ・プラキディア廟堂(5世紀建造)を模して1910年に建造された。
Darmstadt-Neues-Mausoleumの扉
Neues Mausoleumの扉。
大公ルートヴィヒ四世とその妃アリス(英国ヴィクトリア女王の二女)と夭折した王子と王女が眠る。
Darmstadt-Altes-Mausoleum
Altes Mausoleum(旧霊廟)。1826年建造、1870年に両翼部を増築

六つの墓石

 霊廟から南へ少し歩くと、常緑の灌木を左右に配した大きな十字架のもとに、6つの墓石が並んでいます。ヘッセン大公国最後の大公エアンスト・ルートヴィヒとその妻、息子、嫁、孫のお墓です。

そして悲しいことに、うち5つには同じ没年月日が記されています。1937年10月、エアンスト・ルートヴィヒが亡くなると、長子ゲオルク・ドナトゥスが大公家当主の座を引き継ぎます。

そしてその1か月後、ゲオルクとその妻セシリア、幼い2人の息子、そして母(エアンスト・ルートヴィヒ妃)は、ロンドンで執り行われる弟ルートヴィヒの結婚式に参列するためダルムシュタットから飛行機で飛び立ち、ベルギーの北海沿岸の町・オーステンドで墜落事故死したのです。一族の喜びがもたらした大きな深い悲しみ。なんとも痛ましいことです。

兄とその息子たちの死により大公家当主となったルートヴィヒとそのイギリス人の妻マーガレットは、それぞれ1968年と1997年に死去したのち、家族6人の墓の前方に並んで埋葬されています。

Darmstadt-最後の大公と家族の墓
最後の大公エアンスト・ルートヴィヒと飛行機事故で亡くなった家族の墓

ちなみに、エアンスト・ルートヴィヒはロシア最後の皇帝・ニコライ二世の皇后・アレクサンドラの兄で、セシリアは現英国女王の王配・故エディンバラ公フィリップの姉です。

この悲劇の大公一家からも、婚姻関係を結ぶことで国どうしの絆を深めてきた、ヨーロッパの王族たちの姿、そして今日に至るまで密接につながり合うヨーロッパの国々の歴史を垣間見ることができるのです。

 のどかで美しいバラの丘。そこではヨーロッパの激動の歴史を生きた人々が永遠の眠りについています。

文:ハイナー

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