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LIFE IN GERMANY
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ニッチすぎてニーズがあるか謎!ダルムシュタット・ニッチ地域情報のコーナー

その壱 Bessunger Platz 
~Bessungenプチタイムトラベルの巻~

Bessungen最大の観光スポット・オランジェリー公園を西門から出て左方向へBessunger通り沿いに行くと、やがてLudwigshöhe通りの始まりにぶつかる三叉路に出ます。この三叉路の名はBessunger Platz。路面電車3番の見事な急カーブぶりを鑑賞できる穴場であるだけでなく、実は数百年の(疑似)タイムトラベル体験スポットでもあるのです。

Bessunger通りからLudwigshöh通りへ向かってぐぐぐっと急カーブする路面電車。
右前方には18世紀の旧パン屋、左手には20世紀のEckhaus。

 Bessunger Platzから徒歩20秒の地にあるのが1719年建造の木組みのハーフティンバー様式(Fachwerk)の家。元気に青々と茂るツタの下に一部隠れていますが、窓の下のひし形の彩色装飾、アレマンやフランケン地方特有の「Mannfigur(ひとがた)」の間柱など、いかにも「古いドイツの家」らしい外観に思わず「そー、これこれ!」と言いたくなる建物です。築300年以上ながら、玄関脇にはこれまたレトロな車が停まり、室内にはカーテンも掛かっている、現役バリバリの住宅です。

ただでさえ小さい窓がツタに浸食されて、内部は暗そう…

Bessunger Platzへ戻り、Ludwigshöh通り沿いに徒歩10秒、右手にそびえる大きなハーフティンバー様式の家。1708年に建てられたこのフランケンスタイルの家の外壁にはブレッツェルを描いた石がはめ込まれていて、古くからからパン屋として使われていたことを物語っています。

文化財建造物に指定されている

 この2軒の他にも付近には18世紀に建てられたハーフティンバー様式の家が数軒点在し、いずれも文化財建造物に指定されています。現在Mitteと呼ばれる中心街と同じくらい古い時代から栄えたこのエリア。Mitteは第二次世界大戦の空爆で壊滅的な被害を受け、ほんの一握りの例外を除いて古い民家は失われてしまいましたが、空爆を免れたここには昔のままの木組みの家が集中して残っていて、ハーフティンバー好きにはたまらない場所となっています。

 さて、再びBessunger Platzに戻ります。起源を7~8世紀に遡るBessunger 教会の真向かいに建つ、多角形の張り出し窓が特徴的なネオゴシック様式のこの建物。1901~1902年に建造され、現在は1階が薬局、2階から上は住居となっています。

 赤い砂岩で作られた2~3階の窓の下部は凝った彫刻で飾られています。120年以上前の石工の技が光る、みずみずしいブドウとたわわに実ったリンゴの木、そしてその真ん中には果汁を絞る圧搾機。ワイン製造を暗示させる彫刻がなぜここに?実は、付近にはその名もWeinberg(ワイン畑)通りという住所が現存し、中世にはこの地からワインを税金として納めていたとの古い記録があることから、この辺りではブドウが栽培されていたと推測されています。

現在は、路肩に連なる路駐自動車すれすれに路面電車が通る、スリル満点な狭い道、そしてその両側に隙間なくぎっしりと家々が並び建つここは、数百年前はのどかなブドウ畑だったのです。この家を建てた人物は、ワイン製造を生業としていたのか、あるいはこの土地の消えゆく歴史を刻みつけたのか…。

路駐自動車が常に道路の半分を占めるLudwigshöh通り。
一度、この道に車でうっかり入り「いま路面電車が前方から来たら一体どうすればいいの⁉」と焦りまくったことがあります

 さて、またまたBessunger Platzに戻りましょう。Bessunger通りとLudwigshöh通りが交わる角に建つのが、その名もEckhaus(角の家)。1928年、労働者たちのための経済的な住宅として市が建てた共同住宅です。急成長する産業は農村からの人口流入とそれによる深刻な住宅不足を都市にもたらし、ドイツ各地で住宅供給公社が集合住宅を作り始めました。ダルムシュタットも例外ではありませんでした。バウハウスのグロピウス、桂離宮の評価で有名なタウトたちが後世に世界遺産となる「モダニズム集合住宅群」を首都ベルリンに建てたのもこの頃です。これ以降、世界ではモダニズム建築が主流となっていきます。

Darmstadt-L字型に建つEckhaus
交わる2つの通り沿いにL字型に建つEckhausの正面入り口

装飾を廃したシンプルな外観、子供が遊んだり、洗濯物を干したりできる大きな共同の中庭、コンパクトな間取りながら通風や採光など、住人の快適さを考慮して設計された全39戸からなるEckhausは、新たな時代の幕開けを告げるものでした。

中庭から眺めた Eckhaus 。
もちろん現役の賃貸住宅です

 18世紀の素朴な民家、19世紀後半の産業革命期の凝った意匠の邸宅、そして20世紀の都市労働者のための簡素で機能的な集合住宅。これらの家々を眺めていると、教会を中心とする自給自足の農村から中産階級の住む町へ、さらに労働者たちの住宅街へと変容をとげた土地の歴史とそこに暮らした人々の息吹を感じます。わずか徒歩数十秒の範囲でプチタイムトラベル気分が味わえる、なかなか稀有なスポット。それがBessunger Platzです。

文:ハイナー

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