現在のドイツ西部にある小都市アーヘン。
しかし約1200年前、この街はヨーロッパの中心でした。
その理由は、「ヨーロッパの父」と呼ばれるカール大帝が、この地を政治と信仰の中心として選んだからです。
なぜカール大帝はアーヘンを気に入ったのか。そして、なぜ温泉都市だったアーヘンが、皇帝の都市へと発展していったのでしょうか。

ローマ時代から温泉都市だったアーヘン
アーヘンは、古代ローマ時代から温泉地として知られていました。
ローマ人はこの地の温泉を療養や休息の場所として利用しており、「Aquae Granni(アクアエ・グラニ)」と呼んでいました。
これは「グラヌスの水」という意味で、後に「Aachen(アーヘン)」という名前の由来になったともいわれています。
現在でもアーヘンには温泉が湧いており、カロルス・テルメンやBurtscheidなどで温泉文化が受け継がれています。



なぜカール大帝はアーヘンを選んだのか
カール大帝がアーヘンを選んだ理由は、「移動しやすい場所だったこと」と「温泉」があったことです。
当時のアーヘンは、フランク王国のほぼ中央に位置しており、各地への移動や統治がしやすい場所でした。
また、戦いが続いていたザクセン地方にも近く、軍事的にも便利な場所だったと考えられています。
さらに、カール大帝自身も温泉を非常に気に入り、長く滞在するようになりました。
こうしてアーヘンは、次第にフランク王国の政治と文化の中心地となっていきます。
カール大帝が何をした人物なのかについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。
アーヘンは帝国の中心都市になった
カール大帝は、アーヘンを政治と文化の中心地にするため、794年に大きな宮殿の建設を始めました。
この宮殿には、王宮だけでなく、学校、図書館、温泉施設、軍事施設、礼拝堂なども作られ、国の重要な機能が集められていきます。
さらに、ローマやラヴェンナから建築資材や美術品を運び込み、古代ローマを意識した壮大な都市づくりも進められました。
こうしてアーヘンは、フランク王国でも特別な都市へと発展していきます。



アーヘン大聖堂の始まり
信仰心の厚かったカール大帝は、アーヘンに壮麗な宮廷礼拝堂を建設しました。
この建物は、ただの教会ではなく、政治・信仰・文化の中心となる特別な場所でした。
また、自らの帝国が「ローマ帝国の正統な後継」であることを示す意味もあったと考えられています。
この礼拝堂が、現在のアーヘン大聖堂の始まりです。
その後、長い歴史の中で増改築が行われ、現在ではさまざまな建築様式が混ざり合った、美しい大聖堂となっています。
アーヘン大聖堂については、詳しくはこちらをお読みください。
皇帝の都市アーヘン
814年、カール大帝は亡くなり、アーヘン大聖堂内の八角形の礼拝堂に埋葬されました。
その後、936年から1531年までの約600年間にわたり、多くの神聖ローマ皇帝の戴冠式がアーヘン大聖堂で行われます。
こうしてアーヘンは、「皇帝の都市」としてヨーロッパの歴史に大きな影響を与えていきました。
また、カール大帝は多くの聖遺物を集めており、アーヘン大聖堂には重要なキリスト教の聖遺物が保管されるようになります。
中世以降、これらの聖遺物は「聖遺物公開(Heiligtumsfahrt)」として7年ごとに公開され、多くの巡礼者がヨーロッパ各地からアーヘンを訪れるようになりました。
こうしてアーヘンは、皇帝の都市であると同時に、巡礼都市としても大きく発展していったのです。
アーヘンには、カール大帝の歴史を詳しく学べる「カール大帝センター(Centre Charlemagne)」もあります。
皇帝の都市から工業・学術都市へ
中世のアーヘンは、神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われる「皇帝の都市」として栄えていました。
しかし中世後期(14世紀)になると、神聖ローマ皇帝の力が弱まり、政治や商業の中心は次第にケルンやフランクフルトなど他の都市へ移っていきます。
その影響で、アーヘンも次第に政治の中心としての役割を失っていきました。
その後は商業都市として発展し、18世紀にはフランス革命軍に占領され、後にプロイセン領となりました。
19世紀になるとヨーロッパでは産業革命が進み、アーヘンでも機械産業や繊維産業が発展していきます。
そして高度な技術教育や研究が必要となり、1870年には現在のRWTHアーヘン工科大学の前身となる学校が設立されました。
こうしてアーヘンは、皇帝の都市から、工業と学問の都市へと姿を変えていったのです。
アーヘン工科大学については、詳しくはこちらをお読みください。
現在も残るカール大帝の街
現在のアーヘンにも、カール大帝の時代の歴史が色濃く残っています。
世界遺産アーヘン大聖堂を中心に、旧市街には中世の街並みや歴史的建造物が残され、多くの観光客が訪れています。
現在のアーヘンの街並みや生活については、こちらの記事をお読みください。
まとめ
アーヘンは、もともと温泉で知られる小さな街でした。
しかしカール大帝がこの地を気に入り、政治・宗教・文化の中心地として発展させたことで、ヨーロッパを代表する都市へと変わっていきます。
- ローマ時代から続く温泉都市だった
- カール大帝が政治と信仰の中心地として選んだ
- 宮殿や礼拝堂が建設され、帝国の中心都市となった
- 約600年間、皇帝の戴冠式が行われた
- 現在でもカール大帝の歴史が街中に残っている
現在のアーヘンには、1200年以上前の歴史が今も受け継がれています。
歴史的に重要な都市であるアーヘンですが、実際に生活するとなると住まいや各種手続きで戸惑うことも少なくありません。
アーヘンでの物件探しや生活立ち上げについては、現地在住の日本人スタッフがサポートしています。ご不安な点がある方は、お気軽にご相談ください。
文:レンガ